今日もアジアの片隅で

「旅」と「写真」をメインテーマにしてます。2017年は週末修行だけでSFCを取得しました。

好きな泡盛の銘柄は「残波」なので、残波岬に行ってみた!

※2017年3月13日更新

泡盛の銘柄にもなってるあの岬へ

タイトルにつけてしまっているので、すでにネタバレしてますが(笑)
泡盛の銘柄にもあります、「残波」。残波岬に行ってみました。

古宇利島を出発し、許田ICから高速道路に乗り、石川ICで下道へ。
県道73号線→国道58号線→県道6号線と走り、残波入口の交差点を右折し、
そこから道なりに北上すると、残波岬に到着です。

残波岬は高さ30m前後の断 崖が約2kmにも連なり、雄大な景観となっており、県内でも有数な景勝地で、岬の北側のエリアは海岸国定公園に指定されています。海岸線が人工化していな いことはサンゴ礁を残すことになり、イノーとよばれる礁湖は沖縄本島でも有数の広さを持つようになりました。そこには海の生き物たちの豊かな生態系があり、人にとっても心地よさを味わえる憩いの場所となっています。
読谷村観光協会のウェブサイトから引用

駐車場から岬の方へと歩いて行くと、泰期像モミュメントが出迎えてくれます。

で、この方はどんな功績の持ち主なのか?
ちょっと調べてみました。

一言で言うと、

琉球王朝時代初の進貢使として中国に渡り、大交易時代の幕をあけた英雄!
読谷村観光協会のウェブサイトから引用

だそうです。
詳細はというと、

1372年琉球王朝時代、時の中山王「察度王」の命を受けて初の進貢使(明・清皇帝への進貢のために、中国に派遣される使者)として、初めて中国へ派遣されました。
 
 読谷村の豪族であった泰期は中国の文物を琉球王国に正式ルートで導入した先駆者でした。その活躍は沖縄の一番古い歌謡集「おもろさうし」に謡われ、「読谷まつり」2日目「創作進貢船」の主役となってます。
当時の船旅は、生命の保障の無い危険な旅路であり、特に「唐旅」は「あの世への旅立ち」を意味する程に厳しいものであった。その唐旅を5往復もした「泰期」が並の人間で無かったことは想像するにたやすいことである。
読谷村観光協会のウェブサイトから引用

ちなみに、この像は中国方面を指差しているそうです。

さて、その泰期像から岬へと向かっていきます。

広がる二時間ドラマの風景

ところで、以前お伝えしたように、Nikon FEにここで悲劇が訪れました。


ええ。そうなのです。フィルム交換の作業中に、フィルムが切れてしまったのです…
自分のミスで招いたことなので、自己責任なのですが、
なんとも悲しい出来事でした。

さらに、Nikon FEにつけていた接眼レンズとアイピースも紛失するという二重苦まで。
残念すぎてなりません。

そんな悲しい思いを抱きながら、このような場所を訪れると、
思わず身を投げてしまいそうな…


気持ちにまではなりませんけどね。
身投げというより、犯人として追い詰められているような気分になります。

残波岬灯台

さて、上の写真は灯台とは逆側の風景なのですが、
灯台側の風景は夕陽がよい演出をしてくれまして、
なかなか良い情景を撮影することができたなと思っております。


この残波岬灯台は上ることができるようです。
ですが、僕が訪れた時間帯は、すでに営業時間が終了していたので入ることはできませんでしたが…
晴れていれば、粟国島、渡名喜島、久米島なども見えるそうです。

今回訪れたところ(まとめ)

残波岬憩いの広場 ”Ti-da33”

沖縄県読谷村字座1861
http://www.ti-da33.com/

残波岬公園

沖縄県中頭郡読谷村字宇座1233番地



登ってはおりませんが…

残波岬灯台

灯台入場料 大人¥200(中学生以上)
営業時間  5~9月 9:30~16:30
10~4月 9:00~16:00

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