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江戸東京たてもの園に行ってみたら、歴史的な事件の現場を見ることができた

2018年2月。

京都に行ってお寺巡りをして節分のイベントに参加しようとか、あるいは富山・福井方面に行って雪景色の撮影をしようとか企んでいたのですが、個人的な懐事情の問題で我慢することに。

また、年末年始、Nikon D750でばかり撮影をしていたことからすっかりFUJIFILM X100Fの出番がなくなってしまっていたということもあって、X100Fを愛でるべく、江戸東京たてもの園というところに行ってきました。

前稿まで西側を紹介してきました。

前稿までの記事はこちら

本稿では中央ゾーンの建物を紹介します。

高橋是清邸

まずは、高橋是清邸です。 明治から昭和の初めにかけて活躍した日本の政治家です。

もともとは主屋のほか3階建ての土蔵や離れの座敷もあったそうですが、こちらに移築されたのは主屋部分だけとのことです。

1階

両脇にある格子状のものは、建物の老朽化に伴い、補強のために現代になって設置されたものです。

2階

つづいて、2階へ上がってみました。

日本史でも出てくる有名な事件、1936年(昭和11年)の2.26事件の現場が、この建物の2階でした。

会水庵(茶室)

高橋是清邸の次に訪れたのは、会水庵という茶室です。 会水庵は、新潟県長岡市に建てられた茶室ですが、1927年(昭和2年)に吉祥寺に移築され、さらに1957年(昭和32年)に西荻に移されました。

茶室から眺める雪景色はなんとも風流があったのでしょうね。

幸いにも多少雪が残っていたため、少しだけ、その風流を感じさせていただきました。

西川家別邸

大正期から昭和初期に、実業家西川伊左衛門が隠居所及び接客用に建てた邸宅です。

西川家別邸の前には、このように文字が彫られた石が埋め込まれていました。

おそらく、どこかで用いられていたものを譲り受けてきて、再利用したのかなと…

最後に

下調べをせずに行ったので、まさか2.26事件の現場となった場所を訪れることになるとは思っておりませんでした。

襲撃された高橋是清は何を考えていたのか?一方、襲撃した青年将校は何を考えていたのか?

現場で、当時の当事者たちに思いを寄せてみました。

それではー!


最後までご覧頂きありがとうございました。

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