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江戸時代の鎖国政策によって造られたエリア・唐人屋敷跡へ行って文化財を巡ってきた!

2018年3月。

47都道府県制覇に向けて、まだ訪れたことがない土地を訪れようと長崎へ行ってきました。

長崎へはANA便を利用しまして、搭乗記はこちらの記事で紹介した通りです。

メインターゲットは端島(軍艦島)とランタンフェスティバルだったのですが、長崎ではその他にも色々と見て廻りたいところがありました。

その中の一つ、唐人屋敷跡を本稿では紹介します。

唐人屋敷と唐人屋敷門

長崎ランタンフェスティバルが行われている港公園と長崎新地中華街の間を抜けて歩いて行きますと、かつて唐人が居留していた場所、唐人屋敷の跡地があります。

地図上で示すとこちらになります。

唐人屋敷は、江戸幕府が密貿易やキリスト教浸透を帽子する目的で、貿易のために来航する中国人(唐人)たちの居留地として建設されたものです。

屋敷の周辺は練塀や堀などで囲まれ、さらに、二重の門が設置され、出入りが厳しく制限されていました。

この門自体は当時の物ではないと思いますが、ここから先は、遊女のほかは役人であってもみだりに入ることは許されなかったそうです。

ん?ということは遊女は中に入れたんですね。

旧唐人屋敷の文化財

さて、唐人屋敷跡にはどんな文化財があるのでしょうか?

ありがたいことに、こうした案内板が設置されておりましたので、上の写真に写っている4つの文化財を訪れてみました。

土神堂

まず最初は土神堂です。

土神堂は、1691年に、唐船の船主らの願いにより建てられた建物です。ですが、1784年に火事で焼失。後に再建されまして、以後、数回にわたって改修されました。

さらに、原爆の被害を受けたこともあって、1950年に解体されましたが、1977年に再建され現在に至っています。

天后堂

つづいて、天后堂へとやってきました。

天后堂は、1736年に南京地方の人々が航海安全を祈願し、天后聖母を祀ったのが起源といわれます。

1906年に改築し現在に至っているそうなのですが、戦前のままの姿ということですね。

レンガ作りが当時の時代背景を物語っています。

中を覗いて見ると、天后聖母(?)が祀られていました。

観音堂

続いて、観音堂に移動しました。

観音堂は、1737年に創建されたと言われております。もっとも、1784年の大火で焼失してしまいましたが、1787年に再建されています。

さらに、1917年に中国の商人、鄭永超の手で改築され、現在に至っています。

観音堂で面白いなと思ったのは、幼稚園の敷地内と思われる場所に建てられていたことです。

いえ、観音堂の敷地に幼稚園が建てられたと表現した方が正しいでしょうか。

結構老朽化が進んでいる印象でした。

もしかしたら、近いうちに補修工事が行われるかもしれませんね。

福建会館

最後に、福建会館へ行ってみました。

ん?

扉が閉まっています。

脇に目をやると……

工事中とのことで、中を見ることができませんでした。

残念!

最後に

当日訪れて初めてしったのですが、映画『悪人』のロケで使用されたんですね。

上の通りは撮影スタッフで溢れかえったとか。

ちょうど僕が上の写真を撮影したポイントにあった建物がそのロケ現場だったそうです。

唐人屋敷跡自体は住宅街ですが、中には雰囲気のある建物があったりと、情緒あふれる場所でした。

が、あくまでも住宅街ですので、迷惑にならないように気をつけましょう。

それではー!

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