2018年3月。
47都道府県制覇に向け、まだ訪れていない場所行ってみようと思い、長崎へ行ってきました。
長崎では色々と訪れたいと思っていた場所がありまして…その中の一つに、長崎原爆資料館がありました。
その長崎原爆資料館と平和公園を訪れてみましたので紹介します。
平和公園
長崎市では、毎年8月9日に、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典を行っています。その会場となっているのが、平和公園です。
地図上で示すとこちらになります。
平和公園は、長崎電気軌道の松山町駅を降りると徒歩数分で着く場所にあります。
屋根付きのエスカレーターが設置されていて、公園まで上がっていくことができるので、訪れやすいです。
エスカレーターの隣には階段があり、その階段の中央には花壇が設置されています。
平和への想いが伝わってくる花壇です。
平和の泉
エスカレーター、または階段を上り切ると、平和の泉と呼ばれる噴水があります。この噴水は、平和の鳩と鶴の羽根をイメージして作られました。
原爆によって、被爆者は体内まで焼きただれ、水を求めながら亡くなったそうです。泉には、慰霊の意味が込められています。
また、泉には、被爆した少女が水を求めてさまよった少女の手記が刻まれた石碑があります。
当時の凄惨な光景が浮かんできます……
平和祈念像
さて、平和の泉の写真にも少し写っていましたが、平和の泉の奥には平和祈念像が設置されています。
この像のポーズは何を意味しているのか?と思い、調べてみたところ、長崎市公式観光サイトに解説が載っていました。
天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という制作者・北村西望氏の想いが込められているとのことです。
平和の像の麓には水が張られているのですが、そこでは鳩が水を飲もうとして溺れそうになっている場面を何度も見ました。
滑稽な光景でしたが、平和を感じた瞬間でもありました。
長崎原爆資料館
長崎原爆資料館は、原爆投下に至ったまでの経緯や被害の状況、その後の復興についての資料を見ることができます。
長崎原爆資料館を地図上で示すとこちらになります。
長崎原爆資料館では、常設展示室と企画展示室がありまして、原爆投下の経緯や被害に関する資料等は常設展示室に展示されています。
常設展示室への入場料は200円/大人です。
常設展示室
館内では撮影が可能だったようなので、何枚か撮影してきました。
浦上天主堂の被爆当時の姿が再現されていました。
原爆の爆風によって、鉄はいとも簡単にへし曲がってしまっています。
実際に投下された”ファットマン”の模型です。たった1弾によって、15万人の命が奪われてしまったわけです。改めて、核兵器の恐ろしさを痛感させられます。
写真には撮っておりませんが、館内には、当時の民家の塀が展示されておりまして…
そこには物干し竿の影が焼きついておりました。
こちらは、被爆した瓦です。実際に触ることができます。
実際に触ってみましたが、被爆した部分は気泡のようなものができており、表面がザラザラとしてます。
こちらは橋にかけられていたプレートです。
爆風によって曲がってしっておりました。
原爆が投下された11時2分のまま、時は止まっております。
流石に写真に撮るのは憚れましたが、被害にあった当時の写真も展示されています。
中には言葉では表現し難い写真もありました。本稿を読んで関心を持たれた方がいらっしゃいましたら、実際に足を運んでいただいてご覧いただければと思います。
展望台から
原爆資料館の上には展望台がありまして、そこから爆心地を眺めることができます。
この方向が爆心地になります。
現在は爆心地公園という公園になっていて、誰でも訪れることができます。
最後に
2017年に広島の原爆ドームを訪れた際に、長崎にも足を運ばねばと思い約1年。ようやく、自らの目で双方を見ることができました。
広島の原爆ドームを訪れた記事はこちら
実際に足を運んで自分の目で見ると、色々と考えさせられます。そして、今こうして何事もなく生きていられることに感謝を覚えます。
それと、意図していたわけではないのですが、午前11時2分に平和祈念像の写真を撮影していました。その写真は、本稿でも紹介している写真です。
最後までご覧いただきましてありがとうございました。それでは。