今日もアジアの片隅で

「旅」と「写真」をメインテーマにしてます。2017年は週末修行だけでSFCを取得しました。

2回目のインドネシア・ジャカルタは、どうもしっくりこない旅だった。

2016年10月に行った、インドネシア・ジャカルタの一人旅は、自分自身、どうもしっくりこない、違和感ばかりを感じた旅でした。

本稿では、その違和感について考察してみました。

※いつもの記事とは異なり、常体で書いておりますので、興味のある方だけどうぞ。

DIA修行の一環とはいえ、今回のジャカルタ滞在は、7月に海外へ行って以来であることから、実に約3ヶ月ぶりの海外一人旅であった。

上の記事でも書いた通り、海外一人旅は僕にとっていくつかの意味を持っている。

困惑することに海外一人旅の醍醐味ではあるものの、今回のジャカルタ滞在は、どこか歯車が上手く噛み合わない、違和感ばかりを覚えていた。

食事に感じた違和感

旅先に出ると、僕は現地の料理を食べるようにしている。

これまで訪れた国々でも、現地の料理を積極的に食べ、日本食を食べたいと思うことは滅多になかった。(もっとも、現地の日本食がどんなものか、興味があって食べたことはあったが…)

それが、今回のジャカルタはどうだったか?

朝食こそホテルで提供されるインドネシア料理を食べるものの、昼食や夕食となると、現地の屋台に突撃するなんてことは全くなかった。

結果、今回も日本食や中華料理を食べるという、これまでの自分では考えられない行動をとってしまったのだ。

交通手段に感じた違和感

初めての海外一人旅に出た頃、現地の交通手段は積極的に色々と試すことにしていた。

例えば、初めての一人旅となった台湾では、地下鉄はもちろん、高速バス、路線バス、タクシーとメジャーなものは一通り乗ってみた。

また、タイでも、BTS、MRT、タクシー、トゥクトゥク、モーターサイ、さらにはタイ国鉄、ロットゥと、こちらも色々と試してみた。

ベトナムでさえもバイタクやタクシー、路線バス、寝台バスに乗ってみた。

ところが、ジャカルタではトランスジャカルタ・バスウェイばかりで、他の交通機関を試そうという気にはどうしてもなれなかった。

これまでの自分からしてみると、喉の奥に魚の小骨が引っ掛かっているかのような気持ち悪さを覚えざるを得なかった。

とはいえ、空港と市街地間の移動はタクシーやUber、Grabを利用せずにDamriバスを利用して安く抑えていたことは自分らしいと言えば自分らしい。

違和感の正体

ジャカルタは、思っていたほど英語が通じない。(とはいえ、中国や韓国に比べれば、はるかに通じると思うが…)

街を歩いていて、バジャイと呼ばれる三輪車タクシーに声をかけられるが、インドネシア語で話しかけられるので何を言っているか全くわからなかった。

もっとも、ジャカルタ歴史博物館前にあるカフェでは、店員が気さくに話しかけてきてくれた。インドネシアも日本と同様、話せる人は話せるんだと、当然のことを再認識した。

いや、言葉が通じないことに違和感を覚えていたのではない。それでは何に対して違和感を覚えていたのだろうか?

思い返して見ると、自分の思った通りにすんなりと事が上手くいかなかったことに対して違和感を覚えていたのだろう。

例えば、空港からGambirに移動するDamriバスのチケットを購入しようと窓口に並んでいた時のことだった。僕の番になったら、突然、「悪いけど、隣の窓口で買ってくれ」とカウンターを閉じられてしまった。

他には、GambirからOlimoへ移動するため、トランスジャカルタ・バスウェイに乗ろうとした時のことだ。チャージしようとしたらチャージができず、さらに係員は英語が理解できなかったのでコミュニケーションが取れないということがあった。バスを待っている客の中に、多少英語が話せる人がいたので、その人を介してやりとりをして、なんとか解決できたのだが…

あるいは、クレジットカードで支払いをしたのだが、クレジットカードを預けた店員がなかなか戻って来ず、ちょっとイライラしてしまったなんてこともあった。どうやら、別の席の伝票を僕に持ってきてしまったらしく、どう処理したら良いかを店員同士で話していたらしい。英語を話せる店員から事情を伺い、差額は現金で払うということで決着した。*1

考えてみれば、これは自分自身の思い上がりだったのだろう。たかが一回訪れたことがある国で、僕はその国を理解したつもりになっていたのだろう。また、一度経験し、かつ、上手くやってきたのだから今回も当然思った通りに事が進むだろうと考えていたのだ。加えて、これまでもなんとかなってきたことから、自分自身、英語が話せる気になっていたのだ。ところが、伝えたいことをきちんと伝えられない、相手との意思疎通ができない場面が何度かあった。

勘違いも甚だしい。思い上がりも甚だしかった。

僕は、上の二つの記事で、「困ることが旅の醍醐味だ」と自分自身で書いているのにも拘らず、全て事が上手く運ぶと思い上がっていたのだ。

最後に

この道路が整備されている風景や、綺麗な建物が建っている風景だけを見れば、ジャカルタは発展してきているのがよく分かる。また、この渋滞の様子を見れば、人口が世界第4位の国であることも実感できる一方で、東南アジア独特の風景であるようにも感じてしまう。

そう。ここは東南アジアなのだ。

発展してきている風景の一方で、ちょっと地区が変われば、スラム街のような場所になっている。

空港に向かうDamriバスの中で、上の写真のような奇妙な光景に出くわした。

遠目だったため、はっきりとはわからなかったが、ゴミが集積され、そのゴミを燃やしているような光景だった。日本にも、清掃工場でゴミを燃やすという仕組みがあるが、それとは全く異なる風景に、「もっと間近で見てみたい」と興味を惹かれた。

また、線路に沿って建てられた民家を眺めていると、強く興味を惹かれた。

空港に向かうバスの中で、今回の旅がしっくりこなかった理由がわかった。

この記事が公開される頃には、僕は中国にいるだろう。そこで、何を見て、何を感じるのだろうか?

*1:日本だと多分無理な方法だよね

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