※2020年10月25日更新
画像が表示されない不具合を修正しました。
大阪に行く予定がありまして、折角なので大阪府にある日本100名城をいくつか攻城する計画を立てて行きました。
というわけで、本稿では、攻城してきた大阪の日本100名城を紹介いたします。
JAL101便
以前、弊ブログでも紹介しました通り、2019年はJGC修行をすることにしました。
そんなわけで、JALを利用して大阪へと飛ぶことにしました。
JALはノンステータスですので、サクララウンジに入ることができないため、POWER LOUNGEに立ち寄り、軽食とコーヒーをいただきました。
POWER LOUNGEを後にしようと席を立つと入り口には大行列が……
Twitterでは知っておりましたが、人気のラウンジなんですね。
最後にJAL便に乗ったのは、数年前、海外出張に行ったのが最後です。本当に久しぶりのJAL便でした。しかも、初めてのクラスJ。その後もJGC修行でJALに何回か搭乗しておりますが、クラスJを覚えてしまうと普通席には座りたくなくなりますね(笑)
無事、伊丹空港に到着しました。
大阪の3名城を攻城
伊丹空港から、リムジンバスに乗って、新大阪駅へと向かいました。
新大阪駅に向かう人というのは少数派のようで、バスの中はガラガラで快適でした。
ちなみに、今回攻城した3城とは、以下の3城です。
- No.159「芥川山城」
- No.160「飯盛山城」
- N0.54「大阪城」
No.159「芥川山城」
まず最初に、続日本100名城のNo.159「芥川山城」です。
芥川山城跡の場所を地図上で示すとこちら
もっとも、スタンプは城跡まで行かずとも押すことができます。
スタンプだけ…
という方は、高槻市の観光協会に行けば、スタンプを押すことができます。
高槻市の観光協会はJR高槻駅と阪急の高槻市駅にそれぞれ1箇所ずつ設置されています。JR高槻駅の方は、「観光案内所」で、高槻市駅の方は「観光協会事務所」になります。
観光案内所の方は午前10時以前に訪れると開いておりませんので注意が必要です。
実際、自分が訪れた際も早く到着してしまったため、観光協会事務所に行ってスタンプを押しました。
高槻市観光協会については、こちらをご覧ください。
No.160「飯盛城」
高槻駅から大阪駅へと戻りまして、そこから乗り換えを経て、野崎駅へと向かいました。
目的は、No.160「飯盛城」のスタンプです。野崎駅からスタンプが設置されている、大東市立歴史民俗資料館を目指しました。
大東市立歴史民俗資料館の場所を地図上で示すとこちら
スタンプだけ押して戻っても良かったのですが、せっかくなので資料館の中を見学していきました。
これで、続日本100名城のスタンプが2つ増えました。
No.54「大阪城」
再び電車に乗って大阪市を目指します。
京橋で環状線に乗り換えまして、一駅隣の大阪城公園駅で下車です。
実は、大阪城に来るのは初めてではなく、2017年にDIA修行をした際にも観光で訪れております。
その時は日本100名城のスタンプラリーはやっていなかったため、ただ大阪城を登ってみただけでしたが、今回はスタンプだけのために大阪城の天守閣に入りました(笑)
入場料600円。滞在時間、わずか5分(笑)
まあ、仕方ないですね。
大阪城の場所を地図上で示すとこちら
大阪府内の2城を攻城!(2020年1月12日追記)
大阪府内で日本100名城と続日本100名城に選定されているのは、全部で5城です。3城については前述の通りすでに訪れておりました。
- No.55「千早城」
- No.161「岸和田城」
というわけで、残り2城を攻めてまいりましたので、その様子を紹介したいと思います。
No.55「千早城」
日本100名城No.55の「千早城」は、南河内郡千早赤阪村にあります。
千早城の場所を地図上で示すとこちら
南海鉄道で河内長野駅まで行きまして、そこから南海バスの8系統か11系統(いずれも「金剛山ロープウェイ前」行きです。)に乗って、金剛山登山口で下車しまして、そこから歩いて向かいました。
事前に仕入れた情報によれば、登山客が結構いるとのことでしたが、確かに登山用の装備を持った方々がバスに乗っておりました。
さて、千早城は、1332年に楠木正成(まさしげ)が築城したことに始まります。ここで鎌倉幕府の大軍と戦ったわけです。
千早城は分類としては山城になるため、ちょっとした山登りになります。
スタンプ設置場所である「まつまさ」というお店で千早城のスタンプを押した後、千早城の本丸跡を目指して山道を登って行ってみました。
すると、途中で分岐点が出てきます。上の写真の場所です。
ここを右に進んでいくと、千早城跡へとつながっております。まっすぐ進んでいくと、引き続き登山路となります。
目的は千早城の本丸跡ですので、もちろんここで右へ進みました。
千早城に進む人は他にいなかったため、独りで歩いていくことになりました。
人気がなく、しかも、非常に静かな場所でしたので、神妙な空気を感じました。
登り始めは肌寒くて、ウインドブレーカーを着て登っていたのですが、すっかり汗をかくほどに体温が上がってしまったので、参道に着く頃には半袖になっておりました。
上の写真は、千早神社の参道で、この道をまっすぐ歩いていくと千早神社の社殿、千早城の本丸跡があります。
奥へと進んで行きますと、「千早城跡」と記された石碑が建てられております。
奥に見えるのが社殿です。この社殿前に立っている木のふもとに目を落としてみると……
本丸跡と書かれたプレートが置かれておりました(笑)
何ともあっさりとした案内です(笑)
帰りは四の丸を通って、参道を歩いて下山することにしました。
すると、レトロなベンチを発見!
なんと、「セブンアップ」と書かれたベンチでした。
ちなみに、参道は石段になっております。登山道を登ってくるか、石段を登ってくるか、いずれが楽なのかは断言できませんが、僕は登山道を登ってくる方が楽だなと思いました。
下山中、石段を登ってくる方々とすれ違いましたが、結構きつそうでした。
No.161「岸和田城」
大阪府内で最後に訪れたのは、続日本100名城No.161「岸和田城」です。
その名の通り、岸和田市内にあります。
岸和田城の場所を地図上で示すとこちら
「岸和田城」なので、岸和田駅が最寄駅のように錯覚してしまいますが、蛸地蔵駅の方が近いので、鉄道で行かれる方はご注意を!
岸和田城の築城年ですが、詳細はわかっておりません。戦国時代に、岸和田古城から現在の場所に移ったと考えられており、その後、江戸時代初期にかけて段階的に完成していったとされています。
現在の天守は、昭和に復興されたものですが、石垣は江戸時代のもののようです。
有料ではありますが、天守内に入って登ることができます。天守内には資料も展示されております。
僕が訪れた際には、明智光秀の肖像画が展示されておりました。
2020年の大河ドラマで扱われる人物ですが、色々と謎が多い人物でもあるため、その肖像画を見てみようと思いまして……
いざご対面をしてみたら、見たことがある肖像画でした(笑)とはいえ、テレビや書物等での話ですので、実際に自分の目で見ることができて満足ですし、さらに一層、明智光秀という人物への興味がわきました。
岸和田城の庭園には、八陣が表現されています。これは諸葛孔明の八陣法を表現したものです。
庭園にある石が何を意味しているのか?
字幕を入れてみましたので、下の画像をご覧ください。
最後に
というわけで、大阪の日本100名城および続日本100名城の5城のうちの3城を攻城してまいりました。
これで残るは
No.55「千早城」No.161「岸和田城」
の2つになりました。
これらの2城は、また折を見て攻城する計画です。
というわけで、大阪の日本100名城と続日本100名城の全てのスタンプを収集し終えました。
47都道府県を制覇するためのモチベーションアップのために始めた日本100名城のスタンプラリーですが、すっかりハマってしまっています。
人間の収集本能というのは恐ろしいものですね(笑)
先に訪れていた芥川山城と飯盛城は山登りをしていないため、完全制覇とは言えませんが、一旦、大阪府篇は終了しようと思います。
別稿でも紹介いたしましたが、千早城と岸和田城を訪れる際には、和歌山城まで足を伸ばすと効率的に攻城できるかなと思います。僕は、千早城→岸和田城→和歌山城の順番に攻城いたしました。千早城→和歌山城という順番もできなくはないのですが、電車の乗り継ぎで時間が開いてしまうといった問題があったので、間に岸和田城を入れた次第です。
和歌山城を訪れた際の記事はこちらをご覧ください。
それではー!
最後までご覧頂きありがとうございました。
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