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大阪府の日本100名城と続日本100名城を攻城してきました(更新!)

※2020年1月12日更新

大阪に行く予定がありまして、折角なので大阪府にある日本100名城をいくつか攻城する計画を立てて行きました。

というわけで、本稿では、攻城してきた大阪の日本100名城を紹介いたします。

JAL101便

以前、弊ブログでも紹介しました通り、2019年はJGC修行をすることにしました。

そんなわけで、JALを利用して大阪へと飛ぶことにしました。

JALはノンステータスですので、サクララウンジに入ることができないため、POWER LOUNGEに立ち寄り、軽食とコーヒーをいただきました。

POWER LOUNGEを後にしようと席を立つと入り口には大行列が……

Twitterでは知っておりましたが、人気のラウンジなんですね。

最後にJAL便に乗ったのは、数年前、海外出張に行ったのが最後です。本当に久しぶりのJAL便でした。しかも、初めてのクラスJ。その後もJGC修行でJALに何回か搭乗しておりますが、クラスJを覚えてしまうと普通席には座りたくなくなりますね(笑)

無事、伊丹空港に到着しました。

大阪の3名城を攻城

伊丹空港から、リムジンバスに乗って、新大阪駅へと向かいました。

新大阪駅に向かう人というのは少数派のようで、バスの中はガラガラで快適でした。

ちなみに、今回攻城した3城とは、以下の3城です。

  • No.159「芥川山城」
  • No.160「飯盛山城」
  • N0.54「大阪城」

No.159「芥川山城」

まず最初に、続日本100名城のNo.159「芥川山城」です。

芥川山城跡の場所を地図上で示すとこちら

もっとも、スタンプは城跡まで行かずとも押すことができます。

スタンプだけ…

という方は、高槻市の観光協会に行けば、スタンプを押すことができます。

高槻市の観光協会はJR高槻駅と阪急の高槻市駅にそれぞれ1箇所ずつ設置されています。JR高槻駅の方は、「観光案内所」で、高槻市駅の方は「観光協会事務所」になります。

観光案内所の方は午前10時以前に訪れると開いておりませんので注意が必要です。

実際、自分が訪れた際も早く到着してしまったため、観光協会事務所に行ってスタンプを押しました。

高槻市観光協会については、こちらをご覧ください。

No.160「飯盛城」

高槻駅から大阪駅へと戻りまして、そこから乗り換えを経て、野崎駅へと向かいました。

目的は、No.160「飯盛城」のスタンプです。野崎駅からスタンプが設置されている、大東市立歴史民俗資料館を目指しました。

大東市立歴史民俗資料館の場所を地図上で示すとこちら

スタンプだけ押して戻っても良かったのですが、せっかくなので資料館の中を見学していきました。

これで、続日本100名城のスタンプが2つ増えました。

No.54「大阪城」

再び電車に乗って大阪市を目指します。

京橋で環状線に乗り換えまして、一駅隣の大阪城公園駅で下車です。

実は、大阪城に来るのは初めてではなく、2017年にDIA修行をした際にも観光で訪れております。

その時は日本100名城のスタンプラリーはやっていなかったため、ただ大阪城を登ってみただけでしたが、今回はスタンプだけのために大阪城の天守閣に入りました(笑)

入場料600円。滞在時間、わずか5分(笑)

まあ、仕方ないですね。

大阪城の場所を地図上で示すとこちら

大阪府内の2城を攻城!(2020年1月12日追記)

大阪府内で日本100名城と続日本100名城に選定されているのは、全部で5城です。3城については前述の通りすでに訪れておりました。

  • No.55「千早城」
  • No.161「岸和田城」

というわけで、残り2城を攻めてまいりましたので、その様子を紹介したいと思います。

No.55「千早城」

日本100名城No.55の「千早城」は、南河内郡千早赤阪村にあります。

千早城の場所を地図上で示すとこちら

南海鉄道で河内長野駅まで行きまして、そこから南海バスの8系統か11系統(いずれも「金剛山ロープウェイ前」行きです。)に乗って、金剛山登山口で下車しまして、そこから歩いて向かいました。

事前に仕入れた情報によれば、登山客が結構いるとのことでしたが、確かに登山用の装備を持った方々がバスに乗っておりました。

さて、千早城は、1332年に楠木正成(まさしげ)が築城したことに始まります。ここで鎌倉幕府の大軍と戦ったわけです。

千早城は分類としては山城になるため、ちょっとした山登りになります。

スタンプ設置場所である「まつまさ」というお店で千早城のスタンプを押した後、千早城の本丸跡を目指して山道を登って行ってみました。

すると、途中で分岐点が出てきます。上の写真の場所です。

ここを右に進んでいくと、千早城跡へとつながっております。まっすぐ進んでいくと、引き続き登山路となります。

目的は千早城の本丸跡ですので、もちろんここで右へ進みました。

千早城に進む人は他にいなかったため、独りで歩いていくことになりました。

人気がなく、しかも、非常に静かな場所でしたので、神妙な空気を感じました。

登り始めは肌寒くて、ウインドブレーカーを着て登っていたのですが、すっかり汗をかくほどに体温が上がってしまったので、参道に着く頃には半袖になっておりました。

上の写真は、千早神社の参道で、この道をまっすぐ歩いていくと千早神社の社殿、千早城の本丸跡があります。

奥へと進んで行きますと、「千早城跡」と記された石碑が建てられております。

奥に見えるのが社殿です。この社殿前に立っている木のふもとに目を落としてみると……

本丸跡と書かれたプレートが置かれておりました(笑)

何ともあっさりとした案内です(笑)

帰りは四の丸を通って、参道を歩いて下山することにしました。

すると、レトロなベンチを発見!

なんと、「セブンアップ」と書かれたベンチでした。

ちなみに、参道は石段になっております。登山道を登ってくるか、石段を登ってくるか、いずれが楽なのかは断言できませんが、僕は登山道を登ってくる方が楽だなと思いました。

下山中、石段を登ってくる方々とすれ違いましたが、結構きつそうでした。

No.161「岸和田城」

大阪府内で最後に訪れたのは、続日本100名城No.161「岸和田城」です。

その名の通り、岸和田市内にあります。

岸和田城の場所を地図上で示すとこちら

「岸和田城」なので、岸和田駅が最寄駅のように錯覚してしまいますが、蛸地蔵駅の方が近いので、鉄道で行かれる方はご注意を!

岸和田城の築城年ですが、詳細はわかっておりません。戦国時代に、岸和田古城から現在の場所に移ったと考えられており、その後、江戸時代初期にかけて段階的に完成していったとされています。

現在の天守は、昭和に復興されたものですが、石垣は江戸時代のもののようです。

有料ではありますが、天守内に入って登ることができます。天守内には資料も展示されております。

僕が訪れた際には、明智光秀の肖像画が展示されておりました。

2020年の大河ドラマで扱われる人物ですが、色々と謎が多い人物でもあるため、その肖像画を見てみようと思いまして……

いざご対面をしてみたら、見たことがある肖像画でした(笑)とはいえ、テレビや書物等での話ですので、実際に自分の目で見ることができて満足ですし、さらに一層、明智光秀という人物への興味がわきました。

岸和田城の庭園には、八陣が表現されています。これは諸葛孔明の八陣法を表現したものです。

庭園にある石が何を意味しているのか?

字幕を入れてみましたので、下の画像をご覧ください。

最後に

というわけで、大阪の日本100名城および続日本100名城の5城のうちの3城を攻城してまいりました。

これで残るは

  • No.55「千早城」
  • No.161「岸和田城」

の2つになりました。

これらの2城は、また折を見て攻城する計画です。

というわけで、大阪の日本100名城と続日本100名城の全てのスタンプを収集し終えました。

47都道府県を制覇するためのモチベーションアップのために始めた日本100名城のスタンプラリーですが、すっかりハマってしまっています。

人間の収集本能というのは恐ろしいものですね(笑)

先に訪れていた芥川山城と飯盛城は山登りをしていないため、完全制覇とは言えませんが、一旦、大阪府篇は終了しようと思います。

別稿でも紹介いたしましたが、千早城と岸和田城を訪れる際には、和歌山城まで足を伸ばすと効率的に攻城できるかなと思います。僕は、千早城→岸和田城→和歌山城の順番に攻城いたしました。千早城→和歌山城という順番もできなくはないのですが、電車の乗り継ぎで時間が開いてしまうといった問題があったので、間に岸和田城を入れた次第です。

和歌山城を訪れた際の記事はこちらをご覧ください。

それではー!


最後までご覧頂きありがとうございました。

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