JGC修行で沢山JAL便に乗ったので、JALマイルが45,000マイルほど貯まっておりました。
JGC修行って何ぞや?と思った方はこちらの記事をご覧ください。
海外に行こうかとも考えたのですが、日本100名城の攻城を進めようと思いまして、JALのどこかにマイルを使って飛び立つことにいたしました。
どこかにマイル、申し込んだった。果たしてどこになるのやら?
— てぃーし/活動自粛中 (@tidus_tabilog) 2019年6月17日
候補地は、
徳島、北九州、宮崎、松山
宮崎が当たってくれれば、今度の九州攻城の旅の予定を大幅に変更できるので、かなり楽になる(^^)
上のtweetの通り、この時の候補地は
- 徳島
- 北九州
- 宮崎
- 松山
の4つでした。この時点での希望順位は以下の通りです。
- 宮崎
- 徳島
- 北九州
- 松山
申し込みの翌日、早速結果が出ておりまして……
どこかにマイルの結果が出たんですが、第2希望の地になりました。
— てぃーし/活動自粛中 (@tidus_tabilog) 2019年6月18日
レンタカーを借りて、100名城を攻城する予定です。
上のtweetの通り、第2希望の徳島になりました。
というわけで、本稿では徳島県内の日本100名城と続日本100名城の紹介と、攻城の様子を紹介します。
徳島県内の日本100名城と続日本100名城
徳島県内の日本100名城と続日本100名城は、以下の3城が選定されています。
- No.76「徳島城」
- No.175「勝瑞城」
- No.176「一宮城」
実際に訪れた順番は以下の通りです。
- No.175「勝瑞城」
- No.76「徳島城」
- No.176「一宮城」
本稿では、実際に訪れた順番通りに紹介してまいります。
続日本100名城No.175「勝瑞城」
まず最初に訪れたのは、藍住町にある続日本100名城No.175「勝瑞城」です。
勝瑞城の場所を地図上で示すとこちら
16世紀半ばに、細川氏の家臣・三好実休が謀反を起こし、実権を握るとそのまま勝瑞を本拠地にしました。発掘調査の結果、16世紀末に三好氏が築城したのではないかと考えられています。
先ほどの地図をご覧いただくとお分りいただけますように、現在は見性寺というお寺が建っております。
境内の中には三好氏四代の墓もありますが、流石にお墓を撮影するのは憚れました。
スタンプは、平日であれば勝瑞発掘現場事務所に設置されておりますが、土日は開いていないため、近くの武田石油に設置されております。
スタンプを押し、早々に次の目的地へと向かいました。
日本100名城No.76「徳島城」
つづいて訪れたのは、徳島市にある日本100名城No.76「徳島城」です。
徳島城の場所を地図上で示すとこちら
今回はレンタカーを利用していたので、仕方なく車で訪れましたが、駐車場探しに苦労しました。
さて、徳島城ですが、1586年に蜂須賀家政が築城しました。
堀や石垣は残っておりますが、現在は、その跡地に博物館が建てられております。
こちらは平成元年に復元された鷲の門です。1875年に徳島城が解体された際も残されていた門なのですが、戦災で消失してしまいました。
それを復元したというわけです。
徳島城のスタンプは、博物館の受付に設置されております。
スタンプを押し、次の目的地へと向かいました。
続日本100名城No.176「一宮城」
最後に訪れたのは、徳島市にある続日本100名城No.176「一宮城」です。
一宮城の場所を地図上で示すとこちら
一宮城は、南北朝時代だった1338年に築城され、一宮氏が居城としていました。
一宮氏は、当初、小笠原氏に仕えておりましたが、その後、細川氏、三好氏の家臣になります。
もっとも、1582年、長宗我部氏が阿波を支配すると、長宗我部氏によって滅ぼされてしまいます。
その3年後、1585年に豊臣秀吉が四国を制定すると、阿波国主となった蜂須賀氏が入城しますが、その翌年には徳島城へ移っているため、支城という位置付けになりました。
しかしながら、江戸時代の一国一城令によって廃城という運命をたどることになりました。
さて、そんな一宮城ですが、本格的な山城です。
ここから登城していくわけです。
ちなみに、スタンプはこの右手に設置されておりますので、24時間押すことができます。
勝瑞城、徳島城と、正直徳島の城に物足りなさを感じていたので、一宮城を登ってみることにしました。
階段が整備されておりますが、滑りやすくなっているため、注意が必要です。
息を切らしながら登り続けまして、ようやく門跡に到着しました。
ここを右手に進んでいくと明神丸という曲輪があります。また、左手に行きますと本丸になっております。
いきなり本丸へ行ってしまうのはもったいないので、まずは明神丸から見ていくことにしました。
中心に木が立っているだけの簡素な曲輪でした。
ちょっと拍子抜けです。
気を取り直して本丸へと向かいます。
ガイドブックにも掲載されている一宮城のシンボルです。
スタンプの印影にも使われております。
この石段は登ることができまして、この石段を登りますと……
本丸跡になっております。
大した標高ではありませんが、十分達成感を感じることがえきました。
最後に
というわけで、徳島県内の日本100名城と続日本100名城を紹介いたしました。
今回の3城の中で一番よかったなと思うのは、最後に訪れた一宮城です。
山を登った達成感というのもありますが、本丸跡にあった石垣と石段の雰囲気がとても好きでした。
なお、今回、一泊二日で行ったのですが、1日で全て終わってしまったので、2日目はまた別の場所を訪れることにいたしました。
それについてはまた改めて記事で紹介する予定です。
それではー!
最後までご覧頂きありがとうございました。
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